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ひとり実践報告

実践報告をどうぞ!

希望

天変地異が起こらない限り倒産することがないであろう某企業に勤めている友人の弁、

「僧侶の資格を取ろうかと」「死ぬまでなんとかなるようにしておかないと」などと仰る。

しばらくそのことを聞いているのですが、どうも不思議なのです。大ニュースになるくらいのことをしでかさない限りは解雇もされず、なおかつ日本でもそう簡単には取得できないような資格を持っているのにも拘わらずそう仰る……。

じっくりと足下を掘り進め、人の世の役に立たぬと思われたときには断然その仕事を辞めるべき、というような言葉を見かけたことがありますが、彼の足下にはどのような結論が待っているのか。

微かにでも何らかの希望があるうちは、できる仕事をできる分だけ行なわなければいけない気がします。

欲しいもの・欲しかったもの

吉田拓郎さんが三十代の頃、街を歩いていたときに若い女性を見かけたときに自らが感じたことを詩にしたという「流星」ですが、やっぱりその歌詞に、商いの根本が書かれているような気がしてならないのです。

「君の欲しいものは何ですか」……お客さんは、その物だけが欲しかったのでしょうか。

「僕の欲しかったものは何ですか」……売る側は、売上や利益だけが欲しかったのでしょうか。

モノとカネだけに注目してしまうと、アキナイがアキルに変わってしまいそうです。

偉いのか?

日数にまったく拘らないように心に決めてスタートした朝メール(ときどき昼メール)(ついでにFacebook・ブログの同時更新)ですが、実は昨日で継続200日を迎えていたようです。

ブログを更新する際に更新日数が表示されるのですが、とくに意識もしていなかったわけで、昨日の分を更新しましたら「あっ、200日だった」という具合でした。

何かの日数が長ければ偉いのか? 役を受けていれば偉いのか? いろいろと考えさせられるものはありますが、妙なこだわりを捨てられるように努めます。

喜べ

Facebook友達のCさんの投稿のなかに、ある教会の日曜礼拝の看板の画像が載せられていました。
そのタイトル、『大いに喜べ』。

なかなか、大いに喜んでいないなぁ、と、普段の生活にすこし反省させられました。

朝起きて「今日も起きれた」とか、ご飯を食べて「ああ美味しい」とか、喜べることはたくさんあるはずなのですが。

今日は、喜びます。

いただきます

眠りかけながら聞いていた、ラジオ深夜便での土井善晴さんの料理のお話しは、とても印象深い日本文化のお話しでした。

曰く、縄文時代から日本人は(日本列島に暮らす人々は)土鍋で煮て、余計なものを除いてデトックスして(アクをとって)、素材そのままの物を食べてきた、と。
煮てアクをとるということはある種お清めのようなもの、それを神様からの恵みとして、いただいてきた、と。

「いただきます」その一言のなかに、一万年以上の歴史があります。

継続

ちょっとイイことがあったので、金曜日はちょっとだけお酒をいただき、書道も資格の勉強もお休みしたのですが、昨日・土曜日の晩、筆を持ってみるととんと筆が運ばずに驚きました。

一日のうちほんの数分でも継続すること、反復することが、成長の秘訣であるようです。改めて気付かされました。

身につける

何度も何度も繰り返したときに「身についた」ときの感覚といいますか、ある種の快感といいますか、そういうものってありませんか。

学生時代、データベースの講義で R[A] とか R[AθB]S とかの関係代数演算の表現を覚えたときは間違いなく快感がありました。

先日、公私ともにお世話になっている薬局さんへ、処方された薬を取りに行った折、思わず口から出た言葉が
「毎度さまでした~」

「仕事じゃないのに毎度さまでしたって、もう末期だなー」
受付に座っていた部活の後輩、苦笑いしていました。

知らぬ間に身についていることも確かにあります。ちょっと快感とは違いましたが。